東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)100号・昭38年(行ナ)101号 判決
(審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本件各審決には、原告主張の四点につき、その主張のような事実誤認の違法があり、いずれも取り消されるべきである旨主張するが、その主張事実を肯認するに由なく、本件特許は、引例と同一に帰し、新規な発明と認めえないとして、旧特許法第一条、第五十七条第一項第一号の規定により、その特許を無効とすべきものとした本件各審決は正当であり、原告の主張は、いずれも理由がないといわざるをえない。以下、その理由を詳説する。
(一) 芯金の点について
原告は、本件各審決において、本件特許発明の芯金を緩円錐形とすることを当然の技術である、としたことを誤りであると主張する。しかしながら、原告も自認するように、元来、釣竿は、その性質上、緩円錐状をなし、かつ、可撓性を有するのであるから、その当然の結果として、管状の釣竿を形成するための芯金は緩円錐形であるを一般とすることはいうまでもない。原告は、本件特許出願の当時、芯金を緩円錐形とすることは製作技術上困難であつたので、芯金はむしろ円柱状とするのが当然の技術思想であつたと主張するが、この主張事実を肯認するに足るなんらの資料もないのみならず、成立に争いのない甲第一号証(本件特許公報)の「発明の詳細な説明」の項にも「一端が小径で他端に至るに従い漸次大径に拡大せる緩円錐状の芯金」(右公報第一頁左欄下から十九行から十八行)、「芯金は一端が小径で他端に至るに従い漸次大径に拡大せる緩円錐状であつて所謂テーパーを有するから大径の方向に脱出し、容易に抜き取り得る」(同じく下から十三行から十行)と記載されているのみで、その製作上の技術については特段の記載もないところよりすれば、むしろ、芯金を緩円錐状とすることは当然のこととしているものと推認することができるから、原告の右主張を採用することはできない。
(二) 織布の形状の点について
原告は、また、本件各審決が、芯金に巻く織布を先細の形状(梯形又は扇形)にして先端に行くに従い肉薄の竿とすることは、尋常の設計である、としたことを誤りであると主張する。しかしながら、緩円錐状の芯金に織布を巻きつけて釣竿を形成する場合、その織布を、芯金に巻きやすい形状、すなわち、梯形又は扇形とするを便とすることは、吾人の日常生活において経験するとおり、きわめて自然の工夫であるから、このような形状の織布を巻きつけて釣竿とすることは、審決もいうとおり、尋常の設計といわざるをえない(なお、原告が引例はこのような技術を示していないとして審決を非難するのは当らないことは、審決理由に徴し明白である)。
(三) 織布の半乾燥の点について
原告は、さらに、各審決は、引例には、本件発明におけるような半乾燥した織布を使用する記載のないことを看過していると主張する。なるほど、引例には「乾燥炉で乾かされたガラス繊維」と記載されただけで、その乾燥の程度については記載がなく、審決はこの点について何ら言及していない。しかしながら、この場合のガラス繊維(織布)が比較的細い釣竿に巻きやすいように、半乾燥の常態におかれるであろうことは、引例における説明の全体と一般の経験則から容易に推認しうるところであるから、本件各審決が、その点について説示することをしなかつたとしても、これをもつて、判断遺脱ないしは事実誤認とすることは当を得たものということはできない。
(四) セロフアンテープの剥離について
原告は、引例においては、セロフアンテープの剥離は必然ではない、として、本件各審決のこの点に関する判断を非難する。しかしながら、引例の記載、とくに、「鋼心を抜き取つたガラス管状竿は、釣竿商に渡され、細工をして完全な釣竿にする」旨の記載並びに引例においても、セロフアンテープをとくに剥離してはならない趣旨を窺うべきものがないことを考量すると、引例においても、セロフアンテープは、最終的には剥離されるものと推測ができる(原告は、本件特許発明においては半乾燥の織布を使用するから、剥離が必然であるというが、引例において織布は半乾燥の状態において使用されるものと認むべきこと前説示のとおりであるから、この限りにおいて、本件特許発明と引例との間に差異はない。)。したがつて、この点に関する原告の前記非難も当らないものといわざるをえない。(なお、引例において、セロフアンテープの剥離が必然ではなく、あるいは、剥離され、あるいは剥離されないというのであれば、剥離される場合には本件発明と同一であるから、原告の右主張は、引例においては絶対に剥離されないことを前提としない限り、理由がないことに帰するものである。)
(むすび)
三 以上詳細説示したとおり、原告の主張は、いずれの点においても理由なしとせざるをえないから、その主張のような違法のあることを前提として本件各審決の取消を求める原告の本訴請求は、いずれも、理由がないものとして棄却することとする。
〔編註〕 本件における原告の主張は左のとおりである。
(特許庁における手続の経緯)
一 原告は、昭和二十七年四月二十二日出願、昭和三十一年九月二十五日登録にかかる特許第二二五、六〇三号「釣竿製造方法」の特許権の権利者であるところ、昭和三八年行(ナ)第一〇〇号事件の被告両名は昭和三十六年九月十一日、昭和三八年行(ナ)第一〇一号事件の被告は、昭和三十六年九月二十二日、いずれも本件特許につき特許無効の審判を請求し、それぞれ、昭和三十六年審第五一八号事件及び同年審判第五六一号事件として審理されたが、前者については昭和三十八年六月十八日、後者については同年六月四日、いずれも「本件特許を無効とする」旨の審決があり、その謄本は、いずれも同年七月十一日原告に送達された。
(本件特許発明の要旨)
二「グラス繊維の織布を合成樹脂溶液に浸漬し、半乾燥したものを、ほぼ梯形又は扇形に截断し、これを一端が小径で他端に至るに従い漸次大径に拡大せる緩円錐状の芯金に巻き取り、その外周にセロフアンテープを巻き付け、加熱乾燥せしめ、しかるのち芯金を抜き取り、表皮のセロフアンテープを剥離し、研磨仕上げ塗装を施して成ることを特徴とする釣竿製造法」
(各審決理由の要点)
三 本件各審決は、いずれも、本件特許発明の要旨を前項掲記のとおり認定したうえ、本件特許発明は、その出願(昭和二十七年四月二十二日)前である昭和二十七年二月十六日発行の日刊工業新聞に四葉の写真とともに掲載された「ガラスの釣竿」の製造法(以下「引例」という。)と結局同一に帰し、したがつて、新規な発明を構成せず、その特許は旧特許法(大正十年法律第九十六号)第一条に違反するものであり、同法第五七条第一項第一号に該当し、これを無効とすべきものである、とし、本件特許発明と右「ガラスの釣竿」の製造法とを比較し、次のように認定説示した。すなわち、
(一) 引例の記載内容(ただし、四葉の写真とも)
「ガラス繊維布地を合成樹脂溶液に浸漬し、乾燥炉で乾かし、適当な型に裁断し、鋼心に巻く。次に、内部の鋼心を押しつけながら被覆したガラス繊維の周囲にセロフアンテープを巻きつける。そしてセロフアン乾燥炉の熱により更にプレスすると収縮する。次に鋼心を抜き取ると管状となる。このガラス管状竿は細工をして完全な釣竿とする。」
(二) 本件発明と引例との比較
(イ) (一致点)ガラス繊維の布地を合成樹脂溶液に浸漬し、乾燥後裁断し、これを芯金に巻きつけ、加熱乾燥して芯金を抜き、さらに、その表面を仕上げる点において一致する。
(ロ) (相違点)次の点において一応の差異がある。
(1) 本件発明はガラス繊維の布地をほぼ梯形又は扇形に裁断し、これを緩円錐状の芯金に巻く。引例は裁断した布地及び芯金の形状について記載がない。
(2) 本件発明は、巻き付けたセロフアンテープを加熱乾燥後に剥離して、その表面を研磨仕上げ塗装を施す。引例は、とくにこのような手段を具体的に示していない。
(ハ) (相違点に関する説示)
(1)の点について発明を認めることはできない。元来、釣竿は、緩円錐形であるから、芯金を緩円錐形にするのは当然であり、釣竿は、引例の写真にも明らかなように、可撓性に富むものでなければならない。したがつて、円錐形の芯金に巻く布地を先細の形状、すなわち梯形又は扇形として先端に行くに従い肉薄の竿とすることは、きわめて尋常の設計である。
(2)の点は、引例から、当業者の容易に実施しうるところである。すなわち、引例においても、巻き付けたセロフアンテープは、加熱乾燥してそれが収縮力を利用して内部のガラス繊維をプレスした後は、もはや不要であるから、剥離するのであろうし、「その後、これを細工する」という記載から、研磨、塗装することは釣竿に普通行われる細工手段であるから、引例の細工手段も本件発明のそれと同様であろうことは容易に推測しうるところだからである。
(本件各審決を取り消すべき事由)
四 本件特許発明の要旨、その出願前の発行にかかる日刊工業新聞に掲載された引例の内容(四葉の写真とも)並びに右公知の釣竿製造方法と本件特許発明との一致点及び相違点がいずれも審決認定のとおりであることは原告においても、これを争わないが、本件審決には、両者の相違点に関する説示判断を誤つた違法があり、取り消されるべきである。すなわち、
(芯金について)
(一) 審決は、「元来、釣竿は緩円錐形であるから、芯金を緩円錐形にするのは当然である」と断定しているが、誤りである。なるほど、釣竿は、その性質上、緩円錐形であり、可撓性を有することは、いうまでもないが、本件特許出願の昭和二十七年四月二十二日当時の技術では、緩円錐形の芯金の製作は、きわめて困難であつたから、芯金は、むしろ、円柱状とし、ただ布地の巻き方によつて外形を緩円錐形状とするよう工夫することが当然の技術思想であつた。公知の竹製釣竿の外形が緩円錐形であるからといつて、わが国に初のグラス釣竿をもたらした本件特許発明における芯金を緩円錐形とすることは当然とすることは、全く根拠のない、経験則に反する判断である。
(織布の形状について)
(二) 審決は、「円錐形の芯金に巻く布地を先細の形状、すなわち、梯形又は扇形にして、先端に行くに従い肉薄の竿とすることは、きわめて尋常の設計である」としているが、誤りである。なぜならば、引例には、棒状の芯金に適当な形のグラス布地を巻くということが記載されているのみであり、「一端が肉薄く小径で他端に至るに従い肉厚く大径に拡大せる緩円錐管」を得るという目的のために織布を巻き取る点には、なんら言及していないからである。引例の釣竿は、なるほど、外形は緩円錐形であることは窺われるが、これから、内径もまた、そのようなテーパー附であるとともに、肉厚が一端肉薄く、他端肉厚く形成したものであると断定しがたく、単に棒状芯金に布地を巻き、その芯金を抜くということは、中空管形成の公知の技術手段を示していることに他ならない。内外径ともテーパー附の緩円錐形とし、しかも、肉厚をも考慮し、肉薄から肉厚に漸次形成するように工夫した本件発明の方法における緩円錐形芯金と梯形又は扇形の布地使用巻回の点は、決して、尋常の設計ではない。本件発明のようなグラス釣竿がわが国で公知でなかつたことからしても、この点は特異な着想であることが明らかである。
(織布の半乾燥について)
(三) 本件発明においては「グラス繊維の織布を合成樹脂に浸漬し半乾燥したもの」を使用するが、引例には、このような記載はない。審決は、この相違点を看過している。引例のものは、グラス布を乾燥炉で乾燥し、芯金に巻き、セロフアンテープを巻き、セロフアン乾燥炉で、さらにプレスして収縮させる方法であるに対し、本件特許発明においては、合成樹脂溶液に浸漬したグラス繊維織布を半乾燥することにより、後の工程、すなわち、半乾燥の粘着状態を利用して芯金に巻き付け、数層重合し、セロフアンテープの巻回緊締後、乾燥炉で加熱し、セロフアンテープの加熱収縮力を利用するとともに、半乾燥粘着状態の織布を渦巻状巻回層相互に硬化して合成樹脂中にグラス繊維を埋設して含むようにするものであり、方法において異り、よつて生ずる作用効果も同一ではない。引例にあつては、セロフアン乾燥炉は、セロフアンテープの加熱収縮力によりプレスするためのものであり、半乾燥状の合成樹脂を硬化するものではない。なぜならば、織布は、すでに乾燥炉で乾燥されているからである。それ故、引例のものは、織物を断面渦巻状に巻回されて固型化されたもので、本件発明のもののように合成樹脂中にグラス繊維を含む埋設状となることはない。このように、本件発明と引例とでは、重大な差異がある。
(セロフアンテープの剥離について)
(四) 審決は、「引例においても、巻き付けたセロフアンテープは加熱乾燥して、それが収縮力を利用して内部のガラス繊維をプレスした後は、もはや不要であるから、剥離するであろうし」と判断しているが、この点も誤りである。すなわち、本件発明の方法においては、ガラス織布に含浸される合成樹脂が半乾燥状であるため、セロフアンテープの巻回後の完全乾燥後は、含浸樹脂が織布の収縮作用のため、セロフアン表面に滲み出し(バリ出し)て同化するので、セロフアンテープの剥離は必然であるが、引例では、その剥離は必然ではない。なぜならば、引例の織布は乾燥されたものであるから、セロフアンテープの加熱収縮作用によつて緊締されるが、そのままの状態で釣竿商に渡されうるものであるからである。換言すれば、このものは釣竿素材商品として取引されうるであろうし、さらに、表面に適宜の塗装あるいは細工(多くは、釣糸ガイドの取付、飾糸の巻回)を施しうるものであるからである。審決は、この点、経験則に反する安易な速断をしたものである。